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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)87号 判決 1980年10月29日

原告

塩見日出

訴訟代理人

松本晶行

阪本政敬

被告

大阪府知事

岸昌

指定代理人

小林敬

外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

被告が原告に対し昭和四七年八月二一日付でした国民年金障害福祉年金裁定請求却下処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因事実

(一)  原告は、被告に対し、原告が国民年金法(以下単に法という)八一条に基づく障害年金の受給資格者であるとして、国民年金障害福祉年金裁定請求をしたところ、被告は、昭和四七年八月一二日付で右請求を却下する処分をした(以下本件処分という)。

原告は、本件処分を不服として、大阪府社会保険審査官に対して審査請求をしたところ、同審査官は、同年一一月三〇日、右審査請求を棄却した。

原告は、更に、社会保険審査会に対して再審査請求をしたところ、同審査会は、昭和四八年七月三一日付で右再審査請求を棄却し、右裁決書は、同年八月一七日、原告に送達された。

(二)  しかし、本件処分は、内容的に違法であるから、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  被告の認否及び主張

(認否)

請求原因(一)の事実は認める。ただし、社会保険審査会の裁決書が、昭和四八年八月一七日、原告に送達されたことは不知。

同(二)の主張は争う。

<以下、事実省略>

理由

一被告が、本件処分をしたこと、原告が、これを不服として大阪府社会保険審査官に対し審査請求をしたところ、同審査官が、同請求を棄却したこと、原告が、社会保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会が、同請求を棄却したこと、原告は、昭和九年六月二五日、大阪市で朝鮮人として出生したが、幼少のとき罹患したハシカによつて失明し、廃疾認定日(法施行日)である昭和三四年一一月一日当時、全盲であり、法の別表一級に該当する程度の廃疾の状態にあつたこと、原告は、右廃疾認定当時、日本国籍がなかつたが、その後日本人の夫と婚姻し、昭和四五年一二月一六日、帰化によつて目本国籍を取得したこと、以上のことは当事者間に争いがない。

二国民年金制度と障害福祉年金

(一)  国民年金制度の沿革と仕組

<証拠>によると、次のことが認められ、この認定に反する証拠がない。

1  公的年金制度は、老齢、障害、死亡など国民が個々人では事前に十分な備えをしておくことが容易ではない事故によつて生活の安定が損われるのを、社会連帯の考えに基づき公的に救済を与え、もつて国民生活の安定を図ろうとする制度であるが、制度の有無、基本的構成、質的内容は、それぞれの国の経済や社会の状況及び国民の意識によつて一様ではない。

2  わが国の公的年金制度は、明治初年の軍人恩給制度にはじまり、次いで、発足した文官に対する恩給制度とともに、大正一二年、これらが恩給法に統一され、公務員及びこれに準ずる者に対する恩給制度が確立された。また、いわゆる現業官庁に勤務する者に対しては、大正八年ころから恩給法にならつた年金制度が実施されていたが、その後、これが旧国家公務員共済組合制度に承継され、更に、これが前記恩給法と合体して国家公務員共済組合法等による各種の共済組合制度となつた。他方、民間の被用者の年金制度も、昭和一四年の船員保険法に基づく海上労働者に対する年金制度を端緒とし、昭和一六年の鉱工業等の一般労働者を対象とする労働者年金保険法及びこの対象者を事務職員等を含めた被用者一般に拡大することによつて発展的に改組した厚生年金保険法による年金制度の成立に至り、ようやく一定の段階に達した。

しかし、これらの年金制度は、いずれも一定の要件を具備した被用者を対象とするもので、農、漁業及び商工業を営む自営業者並びに零細企業被用者等多数の国民は、なお、制度の適用からとり残された。そこで、第二次大戦後の家族制度の崩壊、人口の老齢化、社会保障意識の高揚、経済的発展といつた諸々の社会的要因を背景として、既存の制度からとり残されていた者にも年金の保護を及ぼそうとする国民皆年金の理念に基づき、国民年金制度創設への気運が高まつた結果、昭和三四年、国民年金法(昭和三四年法律第一四一号・以下法という)が制定された。

3  ところで、法は、拠出制年金制度を基本原則とし、これに無拠出制年金制度を経過的、補完的に併用するという構成をとつた。拠出制年金を基本原則としたのは、(1)従来の各種被用者年金制が、すべて拠出制を採用していたことのほか、(2)老齢のような誰もが将来起こることが予測できる事態はもちろん、身体障害や死亡という予測し難い事態についても、予め自らの力でできるだけの備えをすることが望ましいこと、(3)無拠出制を基本とすると、老齢入口の増加等によつて財政支出の急激な膨脹が避けられず、将来の国民に過重な税負担を強いる結果となること、(4)拠出による積立金を運用することによつて、国家財政から独立した制度の運用が可能となること、などの理由による。しかし、この拠出制だけを貫くと、制度発足当時既に老齢、廃疾又は死亡といつた事故が発生している者には拠出の機会がなかつたため年金の保護が及ばないし、貧困のため拠出の資力に不足する者など支給要件を充たさない者に対しては、何らの給付が行われず、これらの者は、支給要件を充たした者が給付として得る国庫負担分を結果的に受けられなくなる。これらの事態は、制度創設の理念や公平感からみて不都合であると考えられた結果、無拠出制年金制度が設けられた。すなわち、(1)経過的福祉年金は、制度が発足した昭和三四年一一月一日当時、既に老齢、廃疾等の事故が発生してしまつているため法の拠出制によつては給付を受けられない者及び拠出制年金が発足(保険料の納付が開始)した昭和三六年四月一日当時五〇歳を超え、拠出制年金に加入することができない者を対象とし、(2)補完的福祉年金は、拠出制年金の対象者でありながら、事故発生時に拠出要件を充たしていないため、年金給付を受けられない者を対象とする。

(二)  障害福祉年金の仕組

ところで、法によると、国民年金制度の基本原則とされる拠出制年金は、他の公的年金制度によつて保護されない二〇歳以上六〇歳未満の日本国民を被保険者としている(法七条)。もつとも、拠出制年金が発足した昭和三六年四月一日当時五〇歳を超える者は対象外であり(法七四条)、そのうち、同日当時五五歳未満の者だけが、申出によつて被保険者となることができた(法七五条)。被保険者は、一定の場合を除き(法八九条、九〇条)、保険料を納付しなければならず(法八八条一項)、被保険者期間等につき所定の要件を充たした者に対し、保険事故が生じた場合、年金が支給される仕組になつている。

障害年金は、老齢年金、母子年金などとならぶ年金給付の一つであり、疾病にかかり、又は負傷した者が、当該傷病についての廃疾認定日において、その傷病により一定の廃疾の状態にあることを支給要件の柱とし、そのほかに一定の保険料納付済期間(五条三項参照)等のあることを支給要件として付加している(法三〇条一項)。その支給年金額は、原則として右の保険料納付済期間等の支給要件の充足の仕方によつて異る(法三三条、二七条)。

これに対し、障害年金を補完する制度としての障害福祉年金は、(1)傷病の初診日において拠出制年金の対象者で、右と同様廃疾認定日において、その傷病により一定の廃疾の状態にありながら、保険料納付済期間等の要件を充足していない者に対し、より緩やかな保険料納付済期間等の要件を課したうえで年金を支給する場合(法五六条)と(2)傷病の初診日において二〇歳未満であつたため拠出制年金の対象者になり得なかつたものが、その傷病により一定の廃疾の状態となり、かつ、二〇歳に逮したため年金を支給する場合(法五七条)とがあるが、いずれも、廃疾認定日において日本国籍があることが要件になつている(法五六条一項ただし書)。支給年金額は、事故ごとに一律一定である(法五六条)。

本件で問題になる経過的福祉年金としての障害福祉年金は、(1)国民年金制度が発足した昭和三四年一一月一目当時、二〇歳を超えているが、すでに一定の廃疾の状態にあるとき(法八一条一項)と(2)拠出制年金が発足した昭和三六年四月一日当時五〇歳を超え、拠出制年金に加入することができなかつた者が、その後、一定の廃疾の状態となつたとき(法八一条四項)、いずれも、五六条一項本文の規定にかかわらず、支給される年金であり、支給年金額は、事故ごとに一律一定である。そして、この障害福祉年金の給付に要する費用は、全部国庫が負担する(法八五条二項)。

三法八一条一項の障害福祉年金と国籍要件

さて、以上の国民年金制度の沿革と構造及び法八一条一項に定める障害福祉年金のその中での位置と性格にかんがみ、法八一条一項の支給要件に該当する場合であつても、法五六条一項ただし書の定める廃疾認定日(法施行日)当時日本国籍がない者には、障害福祉年金は支給されないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

(一) 法五六条一項ただし書の定めるいわゆる国籍要件は、国民年金制度の基本原則である拠出制年金の対象者が日本国籍のある者に限られるところから、この補完的制度としての障害福祉年金の支給に際してもこの要件が課せられているものであり、このことは、経過的制度としての障害福祉年金でも同様に解せられるべきである。

(二) 法八一条一項は、「五六条一項本文の規定にかかわらず、その者に同条の障害福祉年金を支給する。」としているから、五六条一項が障害福祉年金の原則的規定であり、法八一条は、五六条一項本文の要件を欠場合にも同条の定める障害福祉年金を特別に支給する場合を定めるという規定の仕方をし、五六条一項ただし書にふれていないことは、右に述べた解釈を正当づけるものである。

そうすると、原告は、廃疾認定日(法施行日)当時日本国籍がなかつたから、法八一条一項によつて障害福祉年金を受給することはできないとしなければならない。

そうして、このことは、帰化の本質や効果が、帰化した者に、生来の市民と同じ特権を与え、日本国民と全く区別されないことにあつても、変らない。

したがつて、このことを理由とする本件処分は、正当である。

四法八一条一項の障害福祉年金の法五六条一項ただし書による制限と憲法二五条

原告は、法八一条一項の規定に対する障害規定としての法五六条一項ただし書は、身体障害者の生存権を不当に侵害する結果を招くから、憲法二五条に違反し無効であると主張しているので、判断する。

(一)  憲法二五条と社会保障

憲法二五条一項は、すべての国民に対して、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利、すなわち、いわゆる生存権を保障し、同条二項は、社会的施策の実施拡充によつて、国民の社会生活水準の確保向上を図るために国が実施すべき施策のうち重要なものを列挙して、国がこれらの施策を実施するよう努力する責務を負うことを明らかにしたものである。したがつて、国は、右条項により、国民一般に対し概括的責務を負担するものであるが、個々の国民は、右規定によつて、直接、国に対して具体的、現実的な請求権があるわけではなく、右規定の理念を実現するために制定される個別立法によつて、はじめて、具体的請求権が与えられるのである。もつとも、このことは、憲法二五条が、単に国家の政治的責務や立法指針の宣言にすぎず、裁判規範として機能しないということを意味するものではなく、右規定の趣旨にあえて反する立法がなされた場合、当該立法と憲法二五条との関係が問題とされなければならないことは勿論である。

ところで、国が、憲法二五条二項に基づいて行う施策が、結果的には国民の健康で文化的な最低限度の生活保障に役立つているとしても、その施策の一つが、すべての国民の生存権の確保を直接の目的とし、国民の最低限度の生活の保障を実現するに足りるものでなければならないことまで憲法上要求されているものではなく、国の行う社会福祉、社会保障などのあらゆる施策が総合されたとき、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるような仕組になることを求めているというべきである。そうすると、国が、同条二項に基づいて行う個々の施策には、絶対的な基準がなく、それぞれが、どのような要件のもとに、どのような内容をもつて行われるかは、国民経済の状況、国家の財政状態、国民感情等の諸事情や施策体系全体の調和を勘案したうえで判断されなければならない立法政策の問題であり、立法府の裁量に委ねられているというべきである。そして、一旦、国民に具体的権利が与えられると、当該権利の由来するところである憲法二五条二項は、これに基づく施策を絶えず充実拡充していくことを要求しているから、当該権利を立法によつて奪うことは、他に合理的な理田がない限り許されず、しかも、その合理性は、かなり厳格に検討されなければならない。

他方、右のような場合ではなく、当初から、一定の要件に該当する者に一定の権利を与える旨を定める立法をする場合には、立法府がその与えられた裁量権によつて、右要件に該当する者のみを対象とする施策を実施するよう定めたというにすぎないから、立法府の右判断が、恣意的なものであつて、明らかに合理性を欠き、立法府が与えられた裁量権を著しく濫用したと認められる場合は格別、そうでないときは、当該立法が憲法二五条二項に違反して無効となる理はない。ただし、同条一項との関係で、次のことは留意する必要がある。すなわち、

国が憲法二五条二項に基づいていわば防貧的諸施策を行つたにもかかわらず、国民になお最低限度の生活を維持し得ない者が出る場合には、国は、これらの者に対し、健康で文化的な最低限度の生活を確保することを直接の目的とした救貧的施策を行わなければならないのであつて、憲法二五条一項は、このことを要求しているといえる。そうはいつても、右の最低限度の生活が抽象的、相対的概念であつて、その具体的内容は、社会の進展に伴い変化すべきものであることは否定できないが、右の概念が、一つの絶対性のある基準であることも否定できない。したがつて国の防貧的施策に関する、立法府の裁量の当否も、このような救貧的施策と関連づけて立法されている場合、その限度では、より厳格に審査されなければならない。

(二)  法八一条一項の障害福祉年金の性格

1  前掲各証拠によると、国が既に述べたとおりの憲法二五条の趣旨を具体化するため実施している社会保障制度には、(ア)現に生活の困窮に陥つた者に対し、国が直接公的な負担において最低限度の生活を保障する、いわゆる救貧的施策としての生活保障と、(イ)主として、疾病、負傷、死亡、老齢、失業その他生活困窮の原因に対し、保険的方法又は直接公的な負担において所得を保障するいわゆる防貧的施策としての経済保障のほか、(ウ)公衆衛生及び医療と、(エ)社会福祉の四部門のあることが認められ、この認定に反する証拠がない。

2  右のうち(ア)については、生活保護法による生活保護の制度がある。同法一条、三条は、生活保護の制度が、憲法二五条一項の定める生存権保障の趣旨を直接具体的に実現する目的をもつて設けられた救貧的施策であることを明らかにしている。したがつて、生活保護は、生活困窮のため最低限度の生活を維持できない者であれば、その原因のいかんや身分的要素にかかわりなく保護を与えるものであり(同法二条)、他方、国の保護を受けるにあたつては、その前提として個人として可能な手段及び他の法律による可能な救済手段をつくしたことが要求される(同法四条)とともに、保護として与えられるところも、具体的事情に応じ必要最少限にとどめられている(同法八条、九条)。このように、生活保護法に基づく生活保護制度は、現に困窮している者に対し、その現在の生活需要に着目し、あらかじめ定められた最低限度の生活の基準に達するまで、生活困窮の程度、態様に応じた、具体的、個別的な給付を行うものである。したがつて、これを実施するにあたつては、保護の要否、種類、程度及び方法を決定するため、要保護者等の資産・収入状況等の調査を行うことにしている(同法二四条、二八条、二九条)。

3 そこで、前記二で検討したところを右と対比しつつ法八一条一項の経過的障害福祉年金の基本的性格について検討すると、経過的障害福祉年金は、その給付財源を専ら国庫の負担に求めるもので、この点で純粋の社会保険とは異る。しかし、既に述べたとおり、経過的障害福祉年金は、拠出制年金制度を原則とする国民年金制度(その趣旨は法一条にも明らかである)の一部として、拠出制年金の不都合を補うものとしての経過的制度であるうえ、生活保護に典型的にみられる個別具体的な事情調査に基づき必要に応じた給付を実現せしめるべき何らの規定がなく、受給資格及び給付内容は定型化されており、単に所得の一部を保障するに過ぎない。そこで、これらのことや既に述べた立法の沿革にかんがみ、法八一条一項の障害福祉年金は、基本的には、前記社会保障制度の(イ)にあたる防貧的施策であることは明らかである(証人小川政亮の証言中これに反する部分は採用しない)。

(三)  法八一条一項の障害福祉年金と憲法二五条

1 法八一条一項の障害福祉年金給付に対する障害要件としての法五六条一項ただし書は、憲法二五条一項に違反しないと解するのが相当である。そのわけは、障害福祉年金は、防貧的施策であつて、同項の健康で文化的な最低限度の生活の保障とは直接関係がないからである。

2  また、法五六条一項ただし書による制限は、法の制定当初から設けられていたものであり、日本国籍のない者に法八一条一項の障害福祉年金を支給たり、法施行後に帰化した者に対し、その者が日本国籍がなかつた間に廃疾となつたことを理由に右障害福祉年金を、帰化した後に支給した行政措置はないし、この点に関する法改正がながつた(このことは、前掲各証拠によつて認める)。したがつて、前記四(一)で述べたところにより、防貧的施策である法八一条一項の障害福祉年金の支給対象者を日本国籍がある者に限るかどうかは、純粋に立法政策の問題であり、立法府は広い裁量権が与えられているのであつて、立法府の判断が、恣意的なものであつて、明らかに合理性を欠き、立法府が与えられた裁量権を著しく濫用したと認められない限り、これが憲法二五条二項に違反することはないといわなければならない。

3  ところで、<証拠>によると、法八一条一項の障害福祉年金の支給を制限するものとして法五六条一項ただし書の規定を設けるにあたり、次の考慮が払われたことが認められ<る。>

(1)  先ず、国民の福祉を図ることは、本来その国の政府の責務であつて、他国の政府の責務ではないとする思想は、今日なお世界各国において有力な思想であり、全居住者を対象とする公的年金制度の対象者を自国民に限るのは、デンマーク、アイスランド等にみられるところであるから、国民年金制度の被保険者を日本国籍がある者に限ることは、合理的である。

(2)  障害福祉年金は、拠出制年金の仕組から生ずる不都合を補うために必要な限度で設けられる経過的、補完的なものであり、費用は全額国庫負担であるから、右年金の対象者を、日本国籍のある者に限られるべきである。補完的福祉年金と経過的福祉年金とで、この点の取扱に差を設けるべき合理的理由がないから、両者ともに国籍要件をおくのが妥当である。

(3)  国民年金制度は、社会保険制度を基本としているから、その支給要件は、保険事故発生時点で問うことが合理的であり、経過的福祉年金も国民年金制度の一部を構成している以上、右制約を免れることはできない。経過的障害福祉年金において日本国籍を必要とする時点を、廃疾認定日に定めたのは、この意味で不合理ではない。仮に、廃疾認定日後に国籍を取得した者に、障害福祉年金を支給するとすると、廃疾認定日が二〇歳前後いずれであつても、取扱いを異にすべき合理的な理由がないから、いずれの場合にも支給することになる。したがつて、二〇歳以後に廃疾認定日があり、その後帰化により国籍を取得した者には福祉年金が支給されるのに対し、二〇歳以後に廃疾認定日がある日本国籍のある者は、拠出制年金によらなければ何らの年金給付が受けられない不都合が生じる。この不都合は、拠出制年金制度の根幹をゆるがすものである。

4 このようにみてくると、立法府が、法八一条一項の障害福祉年金の支給を制限するものとして法五六条一項ただし書の規定を設けたことには、首肯するに足りる合理的理由があるから、立法府が、恣意的な判断をしたり、裁量権を著しく濫用したとすることは到底できない。

したがつて、法五六条一項ただし書の規定は、憲法二五条二項に違反しない。

五法八一条一項の障害福祉年金の法五六条一項ただし書による制限と憲法一四条一項

原告は、法八一条一項の規定に対する障害規定としての法五六条一項ただし書は、日本国籍がない者を不当に差別的に取り扱うものであるから、憲法一四条一項に違反する。仮にそうでないとしても、日本に帰化した者を以前日本国籍がなかつたことによつて不当に差別的に取り扱うものであるから同項に違反する。仮にそうでないとしても、原告のようないわゆる在日朝鮮人を不当に差別的に取り扱うものであるから同項に違反すると主張しているので判断する。

(一) 憲法一四条一項は、法の下の平等の規定であるが、この平等原則に従えば、国の社会保障上の施策でも、平等な取扱がなされなければならない。しかし、右憲法の条項は、国民に対し絶対的な平等的取扱を保障したものではなく、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、何ら右条項の否定するところではないと解するのが相当である。

(二)  ところで、法八一条一項の障害福祉年金の支給において、法五六条一項ただし書の規定により、原告のいう在日朝鮮人を含め、日本国籍がない者が差別的取扱を受け、また帰化した者が日本国籍がなかつたことによつて帰化前の廃疾については帰化してもなお差別的取扱を受ける仕組になつていることは、既に述べたところから明らかである。

しかし、右の差別的取扱は、不合理なものではなく、その合理性の根拠としては、前記三(三)3の(1)ないし(3)の判断を、そのまま挙げることができる。

ただし、右に述べた不都合(廃疾認定日という基準日に日本国籍を必要とする仕組を改め帰化人に帰化後について福祉年金を支給するとした場合に生ずる不都合)が、立法者が考えたように拠出制年金制度の根幹をゆるがす不都合であると断言できるかは、疑問である。すなわち、

拠出制年金対象者の受給する年金額は、福祉年金対象者の受給する無拠出の年金額と比べて、高額であるうえ、国籍がなかつたものは、もともと拠出年金の対象者となり得なかつたのであるから、もともと日本国民であつた者と帰化人の立場とを同一に論じることはできないのであつて、二〇歳以後に帰化した者には福祉年金を支給し、二〇歳以後に廃疾認定日のある日本国民には拠出しない限り一切の年金を支給しないとすることも立法政策としてあり得ないわけではない。しかし、いずれにせよ、二〇歳以後に帰化した者に福祉年金を支給しながら、二〇歳以後に廃疾認定日のある日本国民には、拠出しない限り何らの年金の支給が受けられないことが不都合であるとすることの合理性を否定できるわけではない。

なお、障害福祉年金の受給権の発生につき、元来日本国籍がある帰化した者との者で差異が生じるのは、基準日に国籍要件が必要である結果によるものであつて、右基準日に関係なく、過去に外国人であつた者には常に受給資格を付与しないとする扱いをしているものではないから、同じ日本国籍がある者を帰化人という社会的身分自体によつて差別するものでないことはいうまでもない。

(三)  もつとも、右のことから先に述べた差別的取扱が不合理なものではないと断じるため、次のことを検討しておく。

第一に、福祉年金に国籍要件を定めたことが、拠出制年金の対象者でない二〇歳未満の者が、廃疾となつた場合、二〇歳に達した後、福祉年金が支給されることと不均衡ではないか、という点がある。

しかし、原告も自認するとおり、二〇歳未満の者は、将来当然に二〇歳を超え、拠出制年金の対象者となることが予想されるのであり、二〇歳未満の時点においては拠出能力を定型的に欠いているため、拠出制年金の対象者となし得なかつたもので、ここに、補完的制度の一つとしての法五七条の福祉年金が設けられた意義があるのに対し、外国人には、右のような事情がない。そして、前者に対する右のような政策的判断に合理性がないとはいえないから、国籍と年齢との取扱の差をもつて、法五六条一項ただし書が不合理な結果をもたらすということはできない。

第二に、右と似た不均衡は、国籍と住所との間にもある。すなわち、拠出制年金の対象者は、日本国内に住所がある者に限られているが、昭和四一年法律第九二号による改正前の法五六条一項ただし書では、日本国内に住所を有しないことが障害福祉年金支給の障害事由となつていた。しかし、右改正によつて住所要件が削除され、以後福祉年金支給の障害事由ではなくなつた(もつとも、国籍と住所とは異つた取扱がされることがあるといつても、長年外国で生活していた日本国民が外国で疾病にかかり、又は負傷した後帰国したような場合には、補完的障害福祉年金の受給資格はないのであつて(法五六条一項)、この点で日本に住所がない日本国民が帰国しても福祉年金の支給が受けられない場合が依然として存続している)。

証人佐々木善之の証言によると、右改正の直後の契機となつたのは、当時沖縄が日本国内として扱われていなかつたため、沖繩に居住していた者は、その後、当時の日本国内に住所を移動しても、福祉年金の支給が受けられず(改正前の法五六条一項)、また、福祉年金の受給権が発生しても、その後沖繩に住所を移動した場合、福祉年金の受給権が消滅する(改正前の法五九条)という不都合があつた点にあることが認められ、この認定に反する証拠はない。

住所は個人の意思によつて容易に移動しうるものであるから、日本国民であれば、国内外に住所を移転することによつて、拠出制年金の対象となつたり、そうでなくなつたりすることは、しばしばおこりうる。そこで、日本国民でありながら日本国内に居住しないものを、潜在的被保険者としてとらえ、たまたま、これらの者が日本国内に居住しない時点で保険事故が生じた場合、これを全く国民年金の対象外に置くのではなく、一定の要件さえ充たせば、なお年金給付の保護を与えるという法改正は、政策的判断として不合理であるということができない。これに対し、国籍については、右のような事情にない。したがつて、この点で国籍と住所との取扱に差があるからといつて、法五六条一項ただし書が平等原則に反することにはならない。

第三に、<証拠>によると、I・L・O・一八一号「社会保障における内国民及び非内国民の均衡待遇に関する条約」(一九六二年)等にみられるように、近時、公的扶助であると社会保険であるとを問わず、社会保障について、国籍による差別的取扱の撤廃をめざす傾向がみられることが認められ、この認定に反する証拠はない。

しかし、国籍による差別的取扱を不合理とするまでに右の国際的傾向が普遍化していることが認められる証拠がないから、右国際的傾向から、直ちに、わが国の障害福祉年金制度が、国籍の有無によつて理由のない差別をしているとまで断定することはできない。

第四に、法五六条一項ただし書で、外国人を除外しながら、アメリカ国民については、日米友好通商航海条約に従つて、法の適用があるとしていることは、アメリカ国民とその他の外国人とに差別を設けたことにならないかということがある。

しかし、法制定前に同条約がある(証人佐々木善之の証言による)以上、アメリカ国民が他の外国人とは異つた取り扱いを受けることは、条約の当然の効果として是認するほかない。そして、それは、理由のない差別をしたことにはならないのである。

以上のとおりであつて、法五六条一項ただし書のもたらす国籍による差別的取扱を不合理とすることはできないから、法八一条一項の障害福祉年金の支給の障害要件である法五六条一項ただし書の規定が憲法一四条に違反し無効であるということはできない。

なお、第二次大戦前、大日本帝国臣民として遇せられた今日の在日朝鮮人に対する補償が必要であるとしても、これをいかなる程度、どのような方法で行うかは、純然たる立法政策の問題であるから、在日朝鮮人を、国民年金制度において日本国民と同列に扱わず、外国人として扱うことが、憲法一四条一項に反するということはできない。

もつとも、生活保護法一条、二条の規定にかかわらず、行政措置として在日朝鮮人に対し、生活保護を与えている(成立に争いがない甲第一九号証によつて認める)が、生活保護制度は救貧的施策に属するものであり、これに対して、障害福祉年金が、防貧的施策であることに着目したとき、行政措置としてでも、在日朝鮮人に対し同年金を与えなければ、平等原則に反するとは、到底いえない筋合である。

六法八一条一項の障害福祉年金の法五六条一項ただし書による制限と憲法一三条

原告は、法八一条一項の規定に対する障害規定としての法五六条一項が、憲法一三条に違反し無効であると主張しているので判断する。

憲法一三条は、前段で、個人の尊重を、後段で、幸福追求の権利等の尊重を定めるものであるが、既に述べたとおり、右障害規定は、合理性を欠くといえない以上、同条の個人の尊重、あるいは幸福追求の権利等の尊重と抵触するものでない。したがつて、原告の主張は、採用できない。

七むすび

以上の次第で、法八一条一項の規定に対する障害規定としての法五六条一項ただし書の規定は、憲法一三条、一四条一項、二五条に違反しないから、本件処分は適法である。

そうすると、原告の本件請求は、失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古崎慶長 孕石孟則 寺田逸郎)

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